猫姫の食卓  味にウルサイ、ネコさんたちはどんなものを食べているのでしょう。。。
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強吾という猫について
大切なのは過ごした時間の長さではない。
ほんの短い間でも忘れ難き出会いもある。




2011年7月初旬。
前月の6月23日にマヤを亡くして以来、私は何も手の付かない抜け殻のような状態で日々を過ごしていました。

その夏目前のある夜、仕事場に居た私は外で「ミウ、ミウ」と言う声を聞きました。
それは今までこの辺では聞いた事の無い、仔猫の声でした。
それはとても近くで聞こえます。

私は玄関を開け車庫に出てみました。
「ミウ、ミウ」と言う声はとても近くに聞えます。
懐中電灯片手に車庫の辺りを照らしながら声を辿ると、そこに茶白のシマシマ柄の親猫さんと、生まれたてと思しき仔猫2匹が、車庫の裏の物置の影に居ました。
突然光をあてられ、私の姿を見た痩せた母猫さんの目つきは鋭く、物凄い勢いで威嚇しました。

大変だ、うちの敷地の中で仔猫が生まれた!
もしかしてマヤの生まれ変わりか!
仔猫さんご飯を買わないと!

色々な事が頭をめぐりました。
しかし仔猫さんには母猫さんがしっかり付いていて、母猫さんの「私達に近寄るな」というオーラが凄かったので、私は近寄ることは出来ませんでした。

外猫さんを仔猫の時から保護した経験のある知り合い数名に即相談すると「今夜の所はそのままにした方が良いのでは。母猫さんも付いていて刺激するのも良くないし。」との事で、それは私も同感でした。

母猫さんの中には、仔猫を守ろうとするばかり、仔猫を食べてしまう事もあるのは私も知っていました。
そんな事だけは避けたい。
その夜は天気も悪くなく、気温も暖かかったのでそのまま一晩私は様子を見る事にしました。
「ご飯はどうしよう。突然沢山の猫さんと暮らす事をプリ(この子は拙仕事場に君臨してます)とは上手く行くだろうか」など色々考えつつ。

そして次の朝。
車庫の裏の物置に行ってみると、そこには母猫さんも仔猫さんの姿もありませんでした。
次の日も、その次の日も、彼らの姿を見たり、声も聞く事もありませんでした。

彼らは消えてしまったのです。

あれは幻だったのかと思いだした7月の終わりのある日。
私の目の前に突然茶白のシマシマ猫さんが、物置のある裏庭に姿を現しました。
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あ、あの時の母猫さんだ!
すぐに分かりました。
痩せていて、しかも全ての物を拒否するような鋭い目つき。

明らかに栄養が足りてない体つき。私はすぐにご飯をあげました。
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しかし私が近づくと、食べるのを止めて、歯をむき出して「シャー!!」と物凄い威嚇をします。
私はどんなにオーラを消しても、彼女に近づく事は出来ませんでした。

ご飯を物凄い勢いで食べ尽くした彼女は、物凄い目つきで私を睨みつけながら又姿を消してしまいました。
あの2匹の仔猫はどうしたんだろう。
心配でしたが、確かめるすべはありません。

その後、暴風雨の日もあり、気温も湿度もどんどん上がり、外の環境は悪くなっていきました。
そして裏庭に現れて以来、彼女の姿を見ない日が又続きます。
窓の外の降りしきる雨を見ながら、私は茶白親子達に想いを馳せました。

しかし8月になってすぐのある日、彼女は又姿を現しました。
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今度は庭の方に居たのです。
相変わらず鋭い目つき。
外で生きる過酷さが顔つき目つきに如実に表れていました。

そしてふと視線を横にやると、何とそこに仔猫さんが沢山居たのです。
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しかも3匹も!

あれからずっと無事だったんだ、と喜ぶ一方、さあ、大変だ、と又私の頭は色々な考えが巡りに巡りました。
この子達をどう保護しよう。
ご飯は何をあげればいいのか?
プリとは仲好くなるのだろうか?

とりあえず母猫さんに栄養を摂ってもらわないと。
私はすぐにご飯を母猫さんにあげました。
物凄い勢いで食べ尽くす姿に、外で暮らす過酷さを私はしみじみ感じました。

そして母猫さんはまだ食べたりないのか、更にご飯を要求する様子です。
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お盆を置こうと彼女に近づくと、相変わらず物凄い勢いで威嚇されます。
そしてご飯をあげると、今度は自分は食べず、子供達にそれを運んで行きました。
この猫さんは子供を育てるのに必死なんだ、と思いました。

その日から、彼女は子供達とちょくちょく庭に現れるようになりました。
その目はいつも鋭いナイフのように尖ってはいましたが。
人間なんか信用するものか。でもアタシはこの子達を育てなきゃいけないんだよ、という凄味がありました。
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そしてこの子猫さん達。
一度は保護して「うちの子になるならおなり」と思っていたのですが、私の考えは見事打ち砕かれました。
彼らは母猫さんより輪をかけて警戒心の塊で、私が庭に面したサッシを開けただけでクモの子を散らすように逃げ隠れてしまうのです。

懐く、そしてうちの子になる、なんて夢のまた夢、でした。

彼らは毎日現れたと思ったら、雨の続く日々は全く姿を見せなかったり、そんな風に8月が過ぎ9月になった時、私は彼らの為に庭に面した部屋を開放する事にしました。
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ここはガラス張りの小部屋で、サンルームと呼んでいる部屋でした。
かつて、ゆきりやマヤが日向ぼっこをしていた、彼らのお気に入りの空間でした。

主のサビ猫は突然庭に現れ出した集団に静かにムカついていましたが。
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サンルームなら雨宿りも出来るし、まだ仔猫達は知る事が無い冬の厳しさを考えると、この部屋ならヒーターを置いてこの子達が暖を取れる空間になれる。

私が近づく事は絶対許さない彼らでしたが、サンルームはいたく気に入ったようでした。
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外の世界には毛布やクッションのような柔らかい物は無いでしょう。
ここに居たら、ずっと安全だよ。快適だし。
うちの子になればいいのに。。。

この子達の寝顔を見ながら私は何度思ったでしょう。
でも、必ず夜が来る前にこの子達は連れ添って、サンルームを出て行きどこかに消えて行きました。

私は又、猫さんについて一つ学びました。
家の中が快適。毛布や布団の上で寝るのが快適。

それはあくまでも人間の勝手な思い込みであるという事。
そう思って無い猫さんも居る、という事を。

人間の近くには居る。でも人間に触れられる事をかたくなに拒否し、人間の家の中に居続ける事を殊更拒否して生きていく猫さんも居る、と言う事を。

しかし過酷な環境で生きる彼らの食欲たるや物凄く、出したお皿は一瞬で洗ったようにきれいになってしまいます。
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11月に入ると、もう仔猫さんとは言えない位の体格に皆なって来ました。

母猫さんも10月の初めに地域ボランティアが避妊手術をしたみたいで、それからはみるみる太り出して、目つきの鋭さは相変わらずですが、最初に出会ったころの痩せぎすな感じは無くなって来ました。
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11月は暖かい日も多かった月でしたが、朝夜は寒くなって来ました。
私はサンルームにパネルヒーターとオイルヒーターを置き、夜間は内サッシを閉め、サンルームの庭側のサッシだけは常時開放にし、彼らがいつでも出入りできるようにしました。

彼らも私を「この二本脚はご飯をくれるし、悪さをする奴ではない」と認識し始めたのでしょう。
私の姿を見ると駆け寄ってくるようになりました。
その中の一匹はグルグル言ったりする様にもなりました。

しかし、絶対体を触らせない警戒心だけは変わる事はありませんでしたが。
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数名の猫仲間さん達に「仕事場のサンルームに外猫さんが来てるんだよ」と話したのですが、その内の一人、はむゆみさんがこの木のご飯台を「サンルームの子達に」と、送ってくれました。元々はプランターを置く台らしいのですが、高さがちょうど良いのです。

はむゆみさん、どうもありがとう。

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11月のある朝だったでしょうか。
サンルームを覗くと、そこには今まで見た事の無い大柄な茶白シマシマ猫さんが椅子の上で寝ていました。
見ると首輪をしています。

体格からして♂猫である事はすぐに分かりました。
そして皆と全く同じ柄から、この子が皆の父親だろう、と直感しました。

その子は他の4匹の子達に増して警戒心が強く、私の気配を感じるや、その体の大きさに似合わない素早さでサンルームから飛び出して逃げて行きました。

それからいつも来る4匹に加え、その首輪の♂猫さんもちょくちょくサンルームを訪れるようになりました。
首輪猫さん

首輪猫さん2


12月が来ました。
寒くても外で遊ぶ逞しさはさすがです。
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しかし夜の寒さは厳しさを増していきます。
この子達も、夜どこかに帰ったりせず、ヒーターの効いているサンルームで夜をずっと過ごす日が増えていきました。

10日は皆既月食の夜でもありました。
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この夜の寒さは今でも覚えています。

今年は、昼は暖かい秋の日が長い年でしたが、12月になると最早秋は去った事が確実と実感するようになりました。




そして12月15日、木曜日。
前日、水曜日は毎週仕事場に泊まる日でした。

その水曜日の夜、大抵0時前後には就寝なのですが、たまたまその日はいつも飲まないワインを少しずつ飲みながら、夜更かしをしていました。

午前3時半頃。
さすがに眠くなった私は、サンルームにまだ外猫さん達が居るかどうか確かめてから寝る事にしました。

サンルームに近づくと、何か鳴き声が聞こえました。
それは縄張り争いの時の♂猫さん同士が、威嚇する際に出すような、低くて長い唸り声のようでした。
内サッシから懐中電灯でサンルーム内を照らすと椅子の上にあの首輪の♂猫さんが居るのが見えました。

そして床に、その♂猫さんを見上げるように、もう一匹猫さんが居ました。
懐中電灯の光で瞳がクルンと緑に光っています。
丸くて可愛らしい顔が印象的でした。

その子は初めて見る子でした。
でも今まで見た5匹の外猫さんと全く同じ茶白のシマシマ模様でした。
そして、いつも見る母猫さんやその子達より一回りも大きい立派な体をしていました。

♂猫さんだ、それでこの首輪の男の子とここで鉢合わせになり、鳴き合ってたのだな、と思いました。

喧嘩の仲裁も兼ねて、私が内サッシを開けてサンルームに入ろうとすると、その気配を感じた首輪の子はためらいつつも、サンルームの外に逃げていきました。

初めて会う、しかしお馴染みの茶白シマシマ柄のその子は、私がサンルームに入っても逃げませんでした。
珍しいな。
この柄の外猫さんは警戒心がものすごく、人間に近づく事を嫌がるのに、と私は不思議に思いました。

逃げないどころではなく、その子は私に懐くように近寄って来ました。
君は逃げないのかい、不思議な子だねえ、と私はちょっと驚きました。

その子はキャットタワーの中段にひょいと乗り、私の腰の高さ辺りまで自分で近づいてきました。
私の存在を受け入れているようでした。
試しにいつも初めて会う猫さんにやるご挨拶、人差し指を差し出してクンクンしてもらう事、をしてみると、その子は私の指先をクンクンします。

恐る恐る、体に手を伸ばしても、その子は逃げようともしません。
ついに触ってみました。
今まで全員、手を差し出すだけでシャーと威嚇して、体を触るなんて全く許さない茶白ファミリーだったのに、この子は違う。
撫でてみると、ゴロゴロと言ってます。
私は嬉しくなりました。

ちょっと待って、と私はご飯を取りに行きました。
お水とモンプチの15歳以上用のつゆだく缶をあげると、その子はすぐにパクパクと食べ出しました。
よしよし、と食べている背中を撫でてみました。

嫌がる様子はありません。
初めて人間に懐く子が現れた。首輪もして無いし。

その子はモンプチを半分くらい食べた後、ひょいとキャットタワーの最上階の箱の中に自分から飛びこんで行き、そこで丸くなりました。
その箱の中に私は手を入れて、また撫でてあげました。
ゴロゴロ言ってます。

うちが気に入ったなら、うちの子になるかい?
私はその子を沢山撫でました。

まあ今夜は寝なよね。
私は「おやすみ」を言い、サンルームから出ました。
初めて懐いてくれる子が現れた、という喜びを感じながら。

そして数時間後。
午前11時少し前に、私は陽の降り注ぐサンルームを覗いてみました。
するとキャットタワーてっぺんの箱の中に口とヒゲが見えました。
あの子、まだ寝てるんだ。
本当に、うちが気に入ったのかな。うちの子になりたいのかな。

私はサンルームに入って行きました。
その子は全く逃げようとはしません。
私が近づくとすぐに逃げる今までの子達とは全然逆です。

私はその子の鼻の頭を撫でてあげました。嫌がる様子も無くずっと撫でさせてくれます。

しかし鼻を撫でて、少し指がまぶたに触れても閉じた目が動くことがありません。

何度鼻や目を撫でても、瞬きをしたり、目を覚ましたりする事無く、その子は眠り続けていました。

程無くして私は分かりました。
その子はもう冷たくなっていた事を。

どうしてしまったの、君は。
思わず声が出ました。

暫く何も考える事は出来ませんでした。

硬くなったその子をキャットタワーの箱の中から出し、別室に移しました。
最期の場所

どうして死んでしまったの。
君に何が起こったの。
今朝の三時半頃には何ともなく、ご飯も食べて、しかもゴロゴロ懐いてくれたのに。

いや、でも、もうその時は君は自分の最期が近いのを知っていて、死に場所を探していたんだろう。
そしてうちを最期の場所に選んだんだろう。
元気なら人間に触らせたりしなかったのかも。ゴロゴロと音を立てる時も、気持ちいい時と、具合悪い時と両方すると聞くし。

でも深夜に会った君は特に具合悪そうでも、怪我をしている感じもなかったし、食欲もあったし、本当に懐いてくれた、と私は思った。

確実なのは私が君と会った最後の人間だという事。

私は、当初この子の写真を撮って近所を回り、この子に縁のある人を探して遺体を引き渡すべきかと思いました。

これはその時に撮った写真です。
写真を撮った理由はもう一つ。
そしてこちらの理由の方が私の本音ですが、この子の事をずっと記憶にとどめておきたかったから。
例えほんの少しの時間であっても、この子との出会い、そしてこの子の立派な姿、顔を忘れたくなかったから。

とても重くて立派な体、そして可愛らしい顔の男の子です。
SN3S0049.jpg
彼のお腹の辺りの毛布は、彼が最期の場所と選んだタワー最上階の箱の中に敷いてあった毛布です。
彼の選んだ毛布なので、そのままそれで彼を包む事にしました。

撫でていても暫く、命の火が消えていた事が分からなかった位穏やかな顔。
SN3S0052.jpg
寝ているとしか思えません。

私は一晩ずっと考えました。
庭に埋葬するべきか。。。

私は「サンルームの子」の事を知る少ない人達の一人、はむゆみさんに、この男の子との出会い、そして死の事を話しました。
はむゆみさんの返事には、例え一晩でもその子はうちを選んだのだし、私の子になったのだ、とありました。

そうだね。
例え一晩、いえ、数時間でも君はうちの子になったのだ。
君がうちを最期の場所に選んだのだし。

私は長い事考えて決めました。

外猫さんとして生きて来た君は、最後の最後に屋根のある家の中の、毛布の上で息を引き取る事を選んだ。
だから外である庭に寝てもらうのはやめよう。

そして、うちの子になったのだから、亡くなった後は、今までのうちの子と同じようにしてあげよう。

私は、いつもお世話になっている府中の慈恵院に彼を手厚く葬ってくれる事をお願いしました。

そして、うちの子になった証として名前を付ける事にしました。
15日の早朝に出会った。
だから「ジュウゴ」と名付けました。

漢字も付ける事にしました。
Petakoが「強」と言う字が「ジュウ」と読むと言ったので「強吾」と命名しました。
若く大きな体の彼は強かったことでしょう。

後に、「強」は部品読みと言う時だけ「ジュウ」と言うそうで、本来そう読む事は無いと判明したのですが、名前に関してはどんな漢字を当てても良いという事も聞いたので、「強吾(ジュウゴ)」のままにしました。
「強」と言う字がとても彼にふさわしいと思いました。

強吾は息を引き取った木曜から2晩うちで過ごしました。
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そして17日土曜日、午後3時、慈恵院がお迎えに来ました。
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18日日曜日、朝8時。強吾は荼毘に付され、19日月曜日の午後に帰宅しました。

おかえり。SN3S0102.jpg

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君がやってきたお庭が見える窓際。そこにこれからは寝ててね。




強吾。
多分君が父親かもしれない、この子達は、今日もうちに来て沢山食べているよ。
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相変わらず全く懐く気配の無い子達ですが、確実に少しずつ私との距離は近くなってる気がします。
出会った頃は痩せ細って、鋭い目つきの母猫さんも、最近はコロコロになり、目つきも少し穏やかになった気がします。
私に心を許し出してるのか、最近は私を見るなり駆け寄ってくるようになりました。

不思議な距離感です。
しかし、思えばそもそも縁が無ければ、この子達はうちに居たりしないでしょう。

大切な存在かは、一緒に過ごした時間の長さとは限らない。
どんなに短い間でも、忘れ難き存在となる事がある。

それが縁と言う不思議なものだと、この子達を触れぬ遠くから眺めながら、私は思うのです。

2011年12月21日

Puriko

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2011'12'21(Wed)18:29 [ ★私の愛する子達 ] コメント(26) TB0 . TOP ▲
    




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